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ツイッターネタ



世の中はよくよく見ればつまらない中にもネタに溢れて退屈しないものだなぁと思います。

ネットの世界は情報に溢れていて、なにもせんでもツイッターのタイムライン眺めているだけでいろんな話が流れてくる。

今日もふとタイムラインを見ると、リツイートで回ってくる知らない人の体験談。

要約すると、就職面接で面接官に「なぜ日本だけ道路は左側通行なのか」と問われて答えることができず、最後に面接官から「何か質問は」と聞かれ「なぜ左側通行なんですか」と返すと面接官も答えられなかった。というありふれた理不尽オチの話。

落語であれば、この話の関係者は誰もいなくなってしまい知ってる者はいない。この話は出鱈目なんですよーってサゲで「おおっ!」となるところですが、この話の拙いところは実は説明できてしまうところなんです。

私自身、道路交通相に問い合わせたわけでもなければ法律の裏話に詳しいわけでもありませんから、知っていることをこじつけて相手に納得してもらう程度の説明しかできませんがねw

では、なぜ日本の道路は左側通行なのか。

これは昔の作法に由来するところだと私は考えます。

現在でも残る作法の一つとして、神社の境内の歩き方というものがありまして、これが基本的に左側通行なんです。

神前の作法では上位下位という習わしがあるんです。左が上位、右が下位。

左大臣と右大臣では、左大臣の方が偉いというあれですね。

神前では神様に失礼が無いように、神様の下位を歩くようにするのが基本中の基本です。

…これを読んで「それじゃおめー右側通行になるじゃねーか」とお考えのあなた。自己中と言われた経験はありませんか?w

自分から見てじゃなく、神様から見て下位を歩くんですから左側通行で合ってるんですよ。

ひな人形の左大臣だって向かって右側に座っているでしょう?そういうことです。

まぁそれにしたって、境内では右側を歩くこともままありますので道路が左側通行の説明としては不十分ですね。

では、武士がいた当時の作法で考えてみてみましょう。

武士はその魂と言われる刀を持っています。肌身離さず帯刀しています。そして武士の作法として、すれ違う際に自分と相手の刀が触れること、いわゆる鞘当てという行為を最大の失礼としていました。

それこそ鞘当てされて斬り合いになったという話も残ってるくらいに。

実際どうだったかは分かりませんがねw

つまり、この鞘当てが起こらないように歩くのが左側通行のもととも考えられるんです。

昔は右利きが基本の社会でしたから、左の腰に帯刀しているのが普通。なら左を歩けば当たる鞘もないだろうとそういうことです。

これが作法。

これをそのまま車の通行にしてしまった。という説明が一番しっくりくるんじゃないかと思います。

…「それなら歩行者も左なんじゃないか」と思われてる方。たぶん、歩行者は右側というのは車社会になって来てからできたことなんではないでしょうか。

一度決めてしまってからでは車の座席の位置を変えろとはなかなか難しくて言えないでしょう。

対向車とやりとりがしやすく、後ろから車も来にくい右側を歩けばいいんじゃないのか。

それならば歩行者には右を歩いてもらおうと。その方が合理的ですよね。

といったところで、以上が私なりの説明です。納得していただけましたでしょうか。

いつものように、異論反論、ここが分からん納得いかんというところがございましたらコメントに書いていただければと思います。

正しくはこうだよー。というコメントも大歓迎ですw



そして最後に。

面接官に限った話ではありませんが、いくら立場が上だからといってあまり理不尽なことを言うのはいかがなものかと感じます。

理不尽にも、そうだと分かっていても言わなきゃいけないことと、単純な無茶ぶりとがあります。

上の立場から無茶な要求をしていては人として信頼を失うどころか下の者に良くない影響を与えてしまいます。

強い立場だからこそ、キチッとしなければならないところもあるんじゃないかと思います。

例えば今回の話だと、面接官としてはとっさの機転や発想力を見たかったんじゃないかと思われますが、それにしたって自分なりの答えも用意せずに質問してしまっては面接を受ける側に失礼です。

そして、もしも「どこどこの企業の面接官が」と情報の頭に書かれてしまったら、企業としても不振に思われる可能性があります。

今では立場が上に行けば行くほど、作法も礼儀もグダグダになってますから何とも言えませんがw

下にちゃんとして欲しいなら、まず自分から。

教える方が態度で示す。これが基本です。常に自分はキチッと出来ているか。ついてくる者に背筋の伸びた背中を見せてやれてるか。そう考えていればおのずと結果はついてくるものです。

まぁ肩がこるほど悩めとは言いませんがねw

気を抜くところを間違えなければいいんですよw

それでも下がダメダメで…。となったら、そういう人なんだと諦めるしかありませんがw

というところで、長くなりましたが今回はここまで。

また次回お会いしましょう。またぬーノシ
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冠婚葬祭



ブログ書くのもすっかりご無沙汰。一応覚えてはいますよ。ここの存在もね。

と言うわけで久しぶりの『出汁の出る話』でございます。



先日、職場のおばちゃんが忌引きで何日か休みますってことがありました。

私は忌引きの連絡をもらったその日の内に、そのおばちゃんと会う機会がありまして、おばちゃんは仏壇にお供えするお花をわざわざ店まで買いに来てたようです。

律儀な人だなぁと思ってたら、実は私にちょっとした相談があったようです。

「お葬式の時は神棚の御榊ってどうしたらいいんでしょう?」

とこんな内容の話でした。

基本的に身内に不幸があった場合、家の神棚には幕を張って、おばちゃんの言葉を借りるなら一時的に「封印」状態にするのが神棚も仏壇もある家の風習です。

その場合、神棚の榊をどうしたらいいかとそういう話ですね。

私もこれは見聞があるわけではなかったので、「そのままにしておくか、悪くなっているようなら無理に新しい物に取りかえる必要もないと思います。下げてしまっていいのでは」としか答えられませんでした。

一応おばちゃんも納得していたようですが、勉強不足というか経験不足というか。私もまだまだ知らないことは多いなと改めて思う出来事でした。

そして、もう一件。この数日後、おばちゃんが復帰して間もなくのことです。

今度の相談は私も聞いたことがある内容でした。

「身内に不幸があった年は鳥居をくぐってはいけないと言われてますが、あれはどう捉えたらいいんでしょう?」

よく話を聞いてみると、おばちゃんの地元の村では毎年夏祭りが行われていて、それには参加しない方がいいのかと問題はそういうことでした。

・・・。

私はこの言葉を聞くたびに思い出すことがあるんですよ。

「鳥居さえくぐらなければいいのだろう?」

と得意げに鳥居の脇を通って境内に入っていったアホな大人のことを・・・。

あいつらなんも考えずに( ・´ー・`)←こんな顔して入っていきますからね。( ・´ー・`)←こんな顔して。

頭わr・・・ゲフンゲフン。

いや、失礼。まぁこの言葉の解釈として、私が正しいと思っているのはこうです。

「身内に不幸があった時は、みだりに聖域に入っちゃいけませんよ」

その理由として、よく挙げられるのは「死の穢れ」ですね。

穢れを聖域に持ち込んではいけないと言われるのは確かにそうなんです。

でもよく考えてみると、お寺はどうなの?って話になります。だってお寺にもあるところには鳥居ありますよね。

お寺だって所謂「聖域」でしょうし、葬式といえばお寺を思い浮かべる方も多いのでは。

簡単に説明すると、これはこの言葉が指す「鳥居」とは「神社の鳥居」のことを言ってるというだけの話なんです。一般的なイメージの問題になってしまうので、あまり深く追求しても答えは出ません。

では、なんで神社に入っちゃいけないの?といえば。ご説明いたしましょう。

まず、誤解が無いように先に神葬祭について書いておきましょう。これは読んで字のごとく、神式のお葬式のことです。

「神社でも葬式やるのに死の穢れがどうのと言うのはおかしい!」

いえいえ、おかしくはないです。経験したことのある方ならご存知かとは思いますが、神葬祭は基本的に本殿とは離れた施設で行われるか、祖霊社と呼ばれる専用の社殿で行われます。

ちゃんと分けてお祭りしてますので、そのような反論は受け付けません。あしからず。

それでは本題です。これに関しては神社のお祭りを見ると分かります。

神社で行われているお祭りは、祈願祭を含めて基本的にお祝いの行事なんです。

季節の節目だったり人生の節目だったり、厄払いだってそうです。そこまで無事に生活できましたよって報告とお祝のためにお祭りをするんです。

そう考えると、なんとなくわかりますよね。

要は「身内に不幸があったのに平然とお祝いするのはどうなの?」ってことです。

これと「穢れ」の話、この二つの理由から「鳥居をくぐってはいけない」と言われているんです。

なので年が明けるまで、神社主催のお祭りには極力自粛して参加しないのがいいと思います。世間体ってのもありますし。

さておわかりいただけたでしょうか。

ちなみに、あくまで“みだりに”してはいけないという話ですので、例えば神社の役員になってるけど・・・と、そういうことなら別です。

分をわきまえていれば鳥居をくぐってもかまいません。

その際には、境内の外で神主さんにお祓いをしてもらってからの方が望ましいですね。



久しぶりなので長々と書いてしまいましたが、今回はこの辺で。

「ここが分からん」「この解釈はおかしい」等、ご質問やご意見がございましたらコメントに書いていただければお答えできる範囲でお返事書かせてもらいますのでよろしくです。

ではまたお会いしましょう。

バイバイノシノシ

年始には新たな気持ちで



お久しぶりのこのコーナー。

今回のご相談は「神棚ってどうしたらいいの?」です。



なんか普通にお客さんから聞かれたらしく、店長から接客丸投げされた・・・。

どうしたらいいのってドストレートに言われても困りまんがな・・・。



はい、詳しく聞いてみるとこのような内容でした。

神社からお札を受けたが、家に神棚が無いので新しく設置したい。


はよう言え・・


では、ご説明しましょう。

神棚とは、お札やお守りを納めるお社を設置する場所のことです。

理想としては頭より高い位置に造るのがいいでしょう。

向きは、お社の正面を南か東に向けてください。

素材は一般的に木製ですが、気にしないのであれば背の高いメタルラックの頂上などでも結構です。

実際、私は本棚の上にお守りを置いています。それでもいいのだ。

もちろん自作でも構いませんし、新築のお家なんかには大工さんお手製のものがすでにあったりします。

今では、ホームセンターに行くと神棚セットみたいな商品も取り扱ってますので、そちらを見てみるのもいいかもしれません。



次に、神棚に納めるお社です。

これもお近くのホームセンターや、大きな神社に行くと取り扱ってますので、そういったところに聞いてみるのが一番早いです。

問題なのが種類です。


三社なんとか造り!

とか

大神明、中神明、小神明!

とか

はたしてどれを選んでいいやら・・・。


はい、これも簡単です。

お持ちのお札やお守りが納まる大きさのものを選んでください。

造りがかっこいい!と、見栄えで選んでいただいても結構です。

・・・納まればの話ですがね。

ちなみに

「お札が複数体あるんですが、三社にしなきゃダメですか?」

という場合も、ご安心ください。

お札は重ねても問題ないのです。

長くなるので今回は書きませんが、お米やお酒の供え方と合せて、ググって頂ければ納め方等調べられます。

書くのめんどくさいとか思って無い

まぁ時間があれば、新年一発目にでもこのカテゴリで紹介してもいいかと考えてたりそうでもなかったり。




では、今回は神棚の設置とお社の選び方について書かせていただきました。

時間も無いので簡単なものになってしまいましたが、おそらくこれで問題ないでしょう。

願わくば、このブログを読んだ神棚をお持ちの方には、せっかくのお社です。大事になさっていただきたい。

世の中には、小さなお社でも毎日手を合せていらっしゃる方もいます。

その一方で、立派なお社をお持ちなのに、埃がかぶってしまっている方もいるわけです。

今一度、小さくても神様を祀る社だということを考えてみてください。



それではこの辺で、またねノシ

憑喪神にはご注意を



まいどどうも、ダシでございます。

今回はカテゴリ「出汁の出る話」第2回目。お正月も間近に迫っていますのでこんな話題はいかがでしょうか。



先日、職場の他部門のチーフさんからこういう相談をいただきました。

「古い神棚を処分しようと思うんだけど、失礼の無いようにするにはどうすればいいの?」

これもたびたび受ける相談ですね。

神さまを祀っていたお社、またはお札お守り。こういった所謂「御霊代」はどう処分していいものか。

これは実に簡単な方法があります。

お近くの“神主が常駐している神社”に電話して聞けばいいんですw

古いお社引き取ってくれますか?ってね。

たいていの神社ならお焚き上げといって、古い社やお守り等はお祓いをした後焼き清めてくれるはずです。

神社によっては御霊抜きのお祓いだけして、処分はご自分でという場合もありますので事前のご確認を。



その際にはいくらか包まなければなりませんが、そこも電話で聞いて問題ありません。

金額を設定している神社なら「いくらです」と教えてくれるはずです。

「お気持ちで」と言われた時ですが、ただ神社に預けるだけなら500~2000円程度。

目の前でお祓いをしてもらいたいなら3000~5000円程度が妥当でしょう。

これも神社によってはけっこうな額を設定している場合もありますが、「お気持ちで」と言われたからといって1万も包む必要はありませんw

高額になると逆に神社側がこまりますのでご注意をw



ついでにですが、お祓いを受ける時、お金を入れる封筒や熨斗紙にはなんて書いたらいいか。

これは一般的に「玉串料」と書かれる場合が多いようです。

玉串っちゅうのは祈願の際に神前にお供えする榊のこと。

自分の祈念、つまり祈りや願いを込めるための、これまた御霊代ですね。

これの料金として・・・という意味でこう書くのだと思いますが。

ぶっちゃけなんでもいいですw

「お祓い料」でも「ご祈祷料」でも「お焚き上げ料」でも、最悪自分の名前だけ書いてあれば問題ありません。

祈願やお祓いの内容は神主さんが祝詞で奏上してくれるので、誰からの供物であるかが分かればいいんです。

封筒の裏に金額をこっそり明記しておくとより丁寧です。



お守りやお札、祭壇等は人によって種類が異なります。

でもその処分の際、困った時は皆同じ。専門家に聞いてみることをお勧めします。

神社でもお寺でも教会でも、電話でけっこう。すぐに解決するでしょう。



最後に私から。

御霊代を処分する際は神主さんや住職さんにまかせっきりにせず、是非ご自分でも「ありがとう」を言ってください。

それまで自分を守ってくれていた存在に、その役目を終えたそれまでの感謝を伝えてください。

そして、これは御霊代に限った話ではありません。

私は服でも靴でも、身のまわりにある自分が生活する上で長く使っていたもの。それらすべてに役目を終えた時「ありがとう」と言って処分するようにしています。

物に魂が宿るなら、最後くらいは日ごろの感謝を伝えて別れたいものです。



もしかしたらそのうち可愛い幼女が恩返しに来てくれゲフンゲフン



まぁそんなところですねw

長くなりましたが今回はこの辺で。

お付き合いありがとうございましたノシ

厄年ってなんぞ?



先日、職場のお姉さんから

「わたし来年厄年なんだけど、お祓いとかしてもらったほうがいいの?」

と相談されました。



私自身、この手の相談はよく受けるんですが、だいたいの人がタイミングを間違えてらっしゃる。

というわけで、ほとんど読む人もいないであろうこのブログで厄年について少々書いておこうかと思いますw


まず、厄年とはなにかと言いますと一般的に

雛さまにチュッチュしてもらえる歳

良くないことが起きる歳であると認識されてることが多いです。

しかし、これだけで納得して「じゃあお祓い行くか」となってしまうのは実はもったいないことなんです。

お祓いしてもらおうと考えてるのなら、きちんと厄年について知っておいた方が、その一年を過ごす上での心構えも変わってくることでしょう。



まず、厄年は人生でどのタイミングに訪れるものなのか。

これは一般的に決まっており

男性
25歳、42歳、61歳

女性
19歳、33歳、37歳

そしてその前後の年を「前厄」、「後厄」とよんでいます。

ここで注意しなければならないのが、これは“数え歳”で見なければならないということです。

「数え歳とか知らんしwww」とおっしゃる人もいるかと思いますが、簡単です。

自分が今年で何歳になるか考えて、その数字に+1すればいい。それだけです。

それで上の数字に当てはまれば厄年であると考えてもらえればいいのです。

数え年計算なので、誕生日は関係なく、年が変わった瞬間厄年に当て嵌まることになります。

よく、「来月誕生日で厄年なんですが・・・」と相談を持ちかけてくる人がいますが、アンタ・・11月に相談されても手遅れですがな・・となることもしばしばw

それで言うと職場のお姉さんはベストタイミングで相談してくれたことになります。受ける側も楽でいいw

ちなみに、お祓いに行くなら2月か3月をおすすめします。

1月はお祝の月ですから、そうそう焦ることもないです。



そして、これも多い相談なんですが、「やっぱりお祓いはするべきなの?」と。

個人的に私は「気にしないならしなくてもいいけど、するのがベスト」と答えています。

なぜこう答えているかといいますと、厄年は人生の節目となる時期である可能性が高いからです。

役者の世界では厄年のことを「役年」とも言い、いい役がもらえるようになる時期であるという考えもあるようです。

個人差はだいぶありますが、厄年というタイミングは仕事を任せてもらえるようになったり、役職をもらえたり。

また、結婚したり、子供をもうけたり。

人生の晴れ舞台に立つことが多いタイミングとも言えます。

またその半面、周囲からの評価、指導も当然厳しくなりますし、やるべきことが多くなり自由な時間も取りにくくなってきます。

そのストレスで体を壊しやすい時期でもあります。

つい魔が差してしまうこともあるでしょう。

これらのことを気にせず、普段通りすごせるストレスに強い人なら無理にお祓いに行く必要もないでしょう。

しかし、厄年という目に見えない不安を抱えるくらいなら是非お祓いに行くべきです。

こちらも目には見えないと思いますが、神仏の助け、お祓いをしてもらったという事実が少しは心の支えになってくれることでしょう。



・・・



と、まぁここまでは一般論。

私が「お祓いに行くのがベスト」という理由はもう一つあります。

前述した通り、厄年は人生の節目に当たる可能性が高い。

ならば、初宮詣りや七五三と同じように氏神さまに参拝するべきなんじゃないかと個人的に考えているからです。

これが仏教なら、本尊さまやご先祖さま。

キリスト教なら・・・と、人によって変わると思いますが、その意味はだいたい一緒です。

そこまでの人生を生きてこられた感謝と報告。そしてこれからもお願いしますというお祈り。

ただ、神主さんや住職さんにお祓いを頼むだけでなく、こういったことを意識してみると、また違った厄年になるんじゃないでしょうか。



最後に私から、是非やめてほしいことなのですが。

厄年だからといって自分の失敗や、防げたはずの良くない出来事を厄年のせいにするのだけはやめてください。

自分自身のせっかくの成長のチャンスを棒に振りますよ?

私の母はよくこう言います。

「一事が万事だよ」と。

厄年だろうとなかろうと、やるべきことをきちっとこなし、努力を惜しまなければ結果はついてくるものです。

このブログを呼んでくれた人、ちょっとの意識で人生変わるかもよ?

なんてねw



かく言う私も今年が厄年でした。

今ならまだ間に合う!雛さま私の厄を吸い出してく(ry

常に 紳士 真摯な態度であること。これ大事!(キリッ

プロフィール

ダシ

Author:ダシ
ニコ生配信とか創作活動とかしてる人。

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